悪夢のような  







 君は、いつも遠いところに居た。
 僕なんかじゃ手が届かない、遠い場所に。









 ──だから、僕は君が欲しい。









 春、桜の花びらが散り始めた頃。

 僕は桜の木の下に穴を掘り終わって、今、君をそこに埋めようとしているところだ。





 君は先程からずっと僕の腕の中で冷たくなっているままだ。


 当たり前だ。

 君は動かない。
 もう、動かない。



 君のその顔から柔らかな微笑を奪ったのは僕だ。
 君のその口から喋る言葉を奪ったのは僕だ。
 君のその体から温かい人の体温を奪ったのは僕だ。



 そして君を、君を手に入れたのは僕。




  「…」

 僕はゆったり微笑んだ後、少し前まで血の色のように赤かった君の唇に口づけをした。













 少し前の時間、まだ生きていた君と一緒にいたとき、
 僕は美しい花びらを散らせている一本の桜の木に触れた。



  「桜の木の下には死体が埋まっているんだよ。」

 僕は、そうに言った。

  「その死体の血を吸って桜の花弁が淡く色付くんだ。」


 僕がそういい終え、の方を向きなおすと、
 は拍子抜けしたような顔をして

  「いきなり何を言い出すかと思ったら…この手の作り話は幾らでもあるよ。」

 と言った。
 確かに、この手の話はたくさんあると思う。

 だけど…

  「本当に作り話かな」

 僕が微笑みながらそういうと、不審そうな顔をして君はこう言った。

  「当たり前だよ。何でそんな──」


 僕は君の手を捕まえた。








  「君が欲しい。だから、僕に頂戴」








 は、僕が言っていることの意味が良く判ったみたいで、
 目の色を変えた。僕に対する畏怖の念。

  「!?
 い、嫌ッ!」

 僕の手を振り払い、は走って僕から逃げようとする。

  「誰か、誰か助けて!!」

 居るかわからない誰かに助けを求めながら、君は僕から逃げる。
 …このまま誰かに見つかってしまうとまずいな。


 僕は君の後を追いかけ、すぐに追いついてから君を地面に叩き付けた。
 そして僕は君の上に跨って、上から体重をかけるようにして君の細く白い頸に手を伸ばし、
 ありったけの力をその手に込め、君の頸を締め上げる。


 君は生きるために僕の下で足掻いていた。
 僕の手を引き剥がそうと必死になっているけれど、そんなことできるわけがない。

 と僕の目が合う。
 君の目は、もう絶望しか映していなかった。

 「…殺さ、ないで…死に……たく、…いよ……ダイ……」

 更に頸を絞める力を強くする。
 まだ、喋れたんだ。

 それによって君は、更に顔を苦痛にゆがめた。



 そろそろだ。
 もうすぐ、君は僕のものになる。



 命の灯火が消えようとしたとき、君の口が動いた。声は出ない。

  「    」

 最後に、彼女は何かを言った。




 ど う し て 




 君の瞳から、生の色が消える。
 僕の手を引き剥がそうとしていた君の手が、急速に力を失った。

 動かない。






 「ははははは…やった……」

 ははははは

 知らないうちに、口から笑い声がこぼれる。
 笑い声がとまらない。





 ああ、


 僕は、





 僕は君を手に入れた。