私は彼の手が好きだ。


 ヒョウタは私が思うに、その顔には不釣合いなごつごつと男らしい手をしている。
 仕事柄、肉刺もよく作る。だから彼の手のひらは少し硬い。
 そして、よく、切り傷なんかを作って帰ってくる。

  「ヒョウタの手は可哀想ね。」

 消毒液をコットンに浸し、切り傷に当てる。
 少し沁みるのか、ヒョウタの顔が一瞬強張った。

  「まあ、仕事だから仕方ないよ。」
  「折角綺麗な縦爪なのに。」

 ヒョウタの爪は、普通の女の子なんかよりはずっと綺麗で整っている縦爪だ。
 私も羨ましいと思う。
 きっとヒョウタのお母さんは綺麗な縦爪の人だったんだろう。
 は亡くなったと聞いたヒョウタの母親のことを想像した。


  「そうかな。」


  「そうだよ。」


 消毒し終わり、は絆創膏を探そうとした。

 ふと、ヒョウタの右手がの頬に触れる。
 さっき消毒したばかりなのに、とは思う。

  「折角消毒したのに。」

 そのままヒョウタの手はスライドし、綺麗な縦爪の人差し指がの唇に触れる。
 冷たい。消毒液のつんとしたにおいがする。

 指が唇の押し退け、口内に侵入してきた。
 少しだけ消毒変な味がする。

  「舐めて。」

 良いとも悪いとも返事ができない。
 の舌をヒョウタが弱い力で押さえているからだ。

 もう、と少しだけ思った。消毒した意味がなくなった。
 最終的にこうするつもりだったなら、最初からこうすればよかったのに。
 でも目の前の愛しい男がこうやってしてくることは嬉しかった。

 丁寧に、丹念に舐めると、ぺちゃぺちゃと音がした。
 指の傷を通して、少しでも多く、私の愛がヒョウタの心に沁み込むように。

 一しきり舐め終えて、口からヒョウタの指を離した。


  「はい、終わったよ。」



  「ありがとう。」


 そう愛しそうに耳元で囁いて、
 ヒョウタはの目尻に軽く優しいキスをした。
 私の心にも、ヒョウタの愛が沁みこんでくるのがわかった。

 



  094.手




  「あんまり怪我しないでね。」
  「うん、まあ、努力はするよ。」