少し前にショートが終わって、今は皆、テスト課題を提出している。
教室は何時もより賑やかでほっとしたような声が至るところから聞こえてくる。
皆、解放感を感じているようだ。
私もその一人だ。
「あー、テスト終わって良かったあ……」
だってテスト期間はサッカー部無いんだもん。
私はマネージャーだけど、皆の格好いいシュートを近くで見られるこの役割は本当に楽しい。
やっと皆に会える。
そう思うと楽しみで笑みを溢さずにはいられなかった。
急いで部室に向かうと、私より早く、既にユニフォームに着替えた佐久間が室内に居た。
一週間振りのユニフォーム姿。
「あ、佐久間!
早いね」
「まあな」
私も早く着替えてしまおう。
何列にもわたって空間を区切る様に配置されているロッカー群。
入り口から一番遠い列が女子用のロッカーだ。
男子ロッカーと女子用ロッカーを仕切る薄いカーテンをくぐり抜けて自分のロッカーの前に辿り着いた。
着替えをしながらロッカー越しに佐久間との久々の会話に花を咲かせる。
「…そういえば、今日のテストどうだった?」
「まあまあだ。」
「私も…
皆は? もう外?」
「いや。まだ来てない。
鬼道は面接。後は知らない。」
「そうなんだ。」
そうこうしているうちに着替え完了。
私は女子用ロッカーの空間から出ていく。
その時のカーテンを引く音がコンクリートの室内に響く。
佐久間は青い長椅子に腰を下ろしていた。
私もそこへ行き、佐久間の隣りに腰を下ろした。
特に何もせずに居ると、佐久間が突然ごろんと、横になった。
…私の、膝の上に。
「佐久間!?」
「良いだろ、別に。減るもんじゃないし。」
何それ。
「で、でも……」
佐久間は他の人に見られても大丈夫なの?
「…鬼道が来るまでで良いから。
…テスト明けだから寝てないんだ。」
佐久間は背中を丸め、寝る体制に入った。
…まあ、彼氏が居るわけでもないし、
佐久間だから、良いか…
膝枕…そういえば幼稚園児の時、何度か佐久間にしたことがあったっけ。
あの時はすごく仲良かったし。
今もそれなりに仲は良いけど。
女子の中じゃ一番良く佐久間のことを知ってると思う。
私が男子の中で一番仲が良いのも佐久間だし。
それ位、私たちは腹を割った長い付き合いをしている。
私の膝の上で寝ている佐久間の髪を指で一掬いする。
艶々として、まるで女の子みたいに柔らかい髪質だ。
佐久間の髪は、やはり綺麗だ。
「…」
スーッと指で髪を根元の方から毛先の方に向かってといてみる。
うわー、すご。
一回も引っ掛からなかった…!
「…ねえ、佐久間
シャンプー何使ってるの?」
「…さあ」
他愛ない会話。
何だか、恋人同士みたい。
………恋人!?
無い無い無い無い。
佐久間が彼氏とか、私、何考えちゃってるんだろう。
佐久間は只の幼馴染みなのに。
何だか可笑しくなってきてクスクスと笑いを溢していると
佐久間が瞑っていた目を開けた。
「……?」
「あ、ごめん。
今、変なこと考えちゃって。」
「…何だよ、それ。」
冗談だから、言っちゃって大丈夫かな。
「…何か、付き合ってるみたいに思って。
変だよね」
その言葉の後に、あはは、と笑いを付け足した。
私も佐久間がそんな冗談を聞いたら吹き出すだろうと思っていた。
しかし、
「…別に、良いんじゃない?」
なんて、否定もせず、あっさり肯定。
「えっ…」
私は予想と全く違ったことに動揺した。
・ ・ ・
「…辺見さん、何してんすか?
部室入んないんすか?」
部室前で立ち尽くしていた辺見にそう声をかけたのは成神だった。
「な、成神…
…俺には無理。」
中に聞こえないよう、できるだけ小さな声で辺見は話した。
「?」
部室内で今何が起こっているのか全く分かっていない成神は首をかしげた。
辺見は困ったように肩を竦めて、
「…いや、な…部室の中で佐久間とがイチャついてる。」
と苦笑い。
それを聞いた成神も目を白黒させる。
「…は?
テスト明けで解放感あるせいすかね?
ていうかあの二人付き合ってたんすか?」
「知らねえよ!
とにかく、俺には無理だ。」
小声で怒鳴る辺見。
成神はどうでもよさそうにしている。
「ふーん…」
成神は部室のドアに手を掛け入ろうとした。
「成神!?」
慌てて辺見が成神の肩を掴んでドアから手を離させる。
その為一瞬よろめいた成神は不満そうな顔で辺見の方に振り向いた。
「入りたいんすよね?」
「そうだけど、ダメ、絶対。
空気読めよ…」
「だけど、鬼道さん来たら怒りますよ、きっと。」
二人は黙る。
キャプテンの鬼道もまたに好意を抱いているため
このままでは厄介なことになりそうだ。
「…それは、…それで………やばいな………
あー、もーどうしたらいいんだよっ!」
辺見が頭を抱えていると、背後から人影が現れた。
「何があったんだ?」
「あ…」
・ ・ ・
…それにしても皆、来るの遅いなあ…
佐久間が寝息をたて始めたので、私は起こさないよう音に気を付けていた。
そんな中、ガラッとドアの開く音がやけに大きく室内に響いた。
顔を入り口に向けるとキャプテンの鬼道さんが立っていた。
「あ、鬼道さん。
テスト週間、お疲れ様でした」
私は久しぶりに会えた鬼道さんに笑顔で挨拶をした。
「ああ、お疲れ様。
…それより…」
何となく居ても立ってもいられないような様子で鬼道さんは話を本題に移した。
「…お前たち、何をしている」
「佐久間、寝ちゃってます。」
「いや、それは見たら分かるが…」
続きを言うのを躊躇ってそこで一度言葉が切れた。
小さな溜め息を漏らす鬼道さん。
「…何での膝の上で寝ている。」
鬼道さんは何だか苦笑気味。
ゴーグルのレンズの向こうの瞳に若干の怒りが浮かんでいるようにも見えた。
「…成り行きです。」
恐る恐るそう言うと、
「その膝枕は、俺のものだろう。」
「…はい?」
な、何…
今日は佐久間と言い、何かがおかしい気がする。
「…冗談だ。
とにかく、起こせ。
見ていて、気まずい。」
冗談…?
まあとにかく佐久間も鬼道さんが来るまでって言ってたし、
鬼道さんの言葉を聞いて私は慌てて佐久間を起こそうとした。
「!
は、はい。
佐久間、鬼道さんが来たよ」
そう言いながら佐久間の身体を揺さぶった。
「…、ん……」
起き上がった佐久間。
鬼道さんと目が合うと一瞬の沈黙が流れた。
そして互いに何も言うことはなく、
そのまま鬼道さんの方から視線を逸らした。
サッカー部のメンバーがぞろぞろと部室に入ってきた。
…皆、見てたの?
その後、部員全員がグラウンドに移動している時に佐久間を呼び止めた。
「ちょっと、佐久間」
「何だ?」
何にもなかったような表情。
おかしい。
「何だ、って…
鬼道さんにあんなの見られたのに
佐久間は…」
一体何を考えているんだろう。
あのことを気にしないなんて、それこそおかしい。
分からない。
私の知らない、佐久間がいる。
困惑している私を見て、佐久間は不敵に笑った。
「…あれ、俺からの宣戦布告だから。」
「……え…」
そして氷解した。
これまでの行為が意図するものがあったということを。
佐久間は、幼馴染みとしてではなく、私のことが好きなんだ…
そうわかると何だか胸のドキドキが止まらなくて、
私もそういう目で彼を見無いわけにはいかなくなった。
佐久間の方も自分の気持ちを告白したことから
少しだけ面映ゆそうにしていた。
「…逃げるなよ?」
彼が私にそう先制攻撃を仕掛けた。
こうして私たちの恋愛ゲームがキックオフされたのだった。