036.見かけたあのこ



 宝石をちりばめた様な星空。
 …今宵は満月だ。

 ランタンがなくとも十分に辺りを見回すことが出来る。
 無論、新月でも波動を感じることで周りを見ることは出来るが。



 風に乗って、何かが聞こえてくる。


 ……唄?



 何処から聞こえてくるのだろうか。
 そう思い、辺りを見回すと城の二階のテラスに人影が見えた。

 どうやら、彼女らしい。


 よし。話しかけてみよう。


  「綺麗な歌声だな」


 私がそう話しかけると、二階にいる彼女は私に気付いた。
 そして驚いてその場から逃げていった。


  「あ、待ってくれ!」


 止めようと伸ばした手を頭の後ろに回した。


  「……」


 …もっとその唄、聞かせて欲しかったな。









 ─朝。

 ドアの開く音がする。
 …ルカリオが帰ってきたようだ。

 そういえば最近、ルカリオの帰りが遅い。
 否、遅いどころの話ではない。朝帰りだ。
 …一体、何をしているんだ。


 ベッドから降り、帰ってきたルカリオの元へ行く。


  「ルカリオ、何処へ行っていたんだ?」


 そうルカリオに問い詰めた。


  「殿の所です。」
  「“殿”?」


 聞いたことが無い名前だ。


  「はい。ご存知ではないのですか?」
  「ああ。どんな人なんだ?」
  「声の美しい方です。アーロン様もご存知の筈です。」
  「美しい声……ああ、彼女か」


 あの唄を歌っていた彼女はという名前らしい。


  「殿はよく私に唄を歌って下さるのです。」


 …

 ……そういうことか。
 近頃のこいつの朝帰りの原因は“それ”か。

 大方、子守唄でも歌ってもらっていつの間にか眠ってしまっているというので間違いないだろう。



 ……面白くない。


 アーロンは少し不貞腐れた顔をしている。

  「あ、アーロン様?」
  「私は相手にしてもらえなかったのに、何故お前は唄を歌ってもらえるんだ。」
  「殿は人見知りの激しいお方なのです。お気になさることはありませんよ。」


 ルカリオはポケモンだから、大丈夫ということか。
 だが、何となく納得がいかない。


 …少し、からかってやろう。

  「しかし…最近の朝帰りの原因が女だったとは……ルカリオ、お前もやはり男だな。」

 うんうん、とアーロンは言う。

  「な、何ですか、その言い方はっ!!私は、私はそんな…!!」
 アーロンの予想通り、ルカリオは顔を赤くして怒っている。

  「ははは、冗談だ。そんなに怒るなよ。」






 



 それから、数日後。

 修行の休憩時間だった。

  「ルカリオ」
  「あ、殿!」
  「最近、来てくれなかったので逆に私のほうから来てみました。
 迷惑でした?」

 あれからルカリオはの元を訪ねてはいなかった。

 ルカリオは機嫌は直したものの、
 やはりまだ少しアーロンの言葉を気にしていたようだった。

  「いえ!そんな…」
  「こんにちは。」

 は声のした方を見た。
 声の主はアーロンだ。

  「!」

 は少し驚いて、後ろに退く。

  「私は波動使いのアーロン。
 リーン様に仕えている者です。」
  「殿、大丈夫です。アーロン様は私が尊敬している主です。」

 どうやら、私が名乗ったことよりもルカリオの言葉のほうが効いみたいだ。
 私の言葉を信頼していないようで、悲しい。

  「…そうなのですか?」

  「はい。」

 ルカリオが答える。
 その言葉を聞いて彼女の警戒心は少し解かれたようだ。


  「ルカリオから貴女のお話は良く聞いています。
 …とても綺麗な声をしていらっしゃいますね。」
  「…ありがとうございます。」

 本当に、人見知りが激しいらしい。
 目を下に向けて、私と目が合わないようにしている。

  「アーロン様に、唄を歌っていただけませんか?」
 ルカリオがいきなり、そう言った。
  「え…?」
  「アーロン様は、前々から殿の唄を聴きたいと言っておられました。駄目ですか?」
  「お願いします。」
 私は、に頼んだ。



 は、少ししてから、

  「そんな風に頼まなくとも私はただ『歌え』と言って下されば幾らでも唄いましょう。
 私には、歌うことしか出来ないのですから。」

 彼女はそう言った。





 彼女の歌が始まった。




 その美しい声が城の庭に響きわたる。





 とても心地の良い声だ。いつまでも聞いていたい。


 ……


  「…ルカリオ、お前はこんなに美しい歌声を独り占めにしていたのか。」


 ルカリオは笑顔でこちらを見ていた。
 …う、羨ましい。


 彼女の歌は、あっという間に終わった。
 こんなに終わりが惜しまれる唄は初めて聴いた。


 歌い終えたは、手を胸に当てて深呼吸をしていた。


 私とルカリオはに拍手をした。

  「どうして、唄には終わりがあるのだろう。唄を聴いていて、初めてそう思いました。」
  「褒めるのがお上手ですね」

 私は、首を横に振った。

  「そんなことはありません。
 貴女は歌うことしか出来ないと言っていましたがそうじゃない。
 …貴女は、こんなにも感動を与える唄を歌える。」

 は伏せていた顔を上げ、私の顔を見た。
 …初めて、目が合った。

  「また、是非聞かせてください。貴女の唄を。」

  「…はい。喜んで」

 彼女はそういって、初めて私に微笑んだ。